顧問感覚

2018年10月の記事一覧

先生方の未来

 今日から高校2年生たちは海外フィールドワークです。
 ワシントンFWは午後2時に成田駅集合、カナダFWは午後3時30分に羽田空港に集合とのこと。開智未来生の皆さん、パスポートだけは忘れないでくださいね。天気も快晴。快適なフライトを祈っています。
 さて、校長先生と教頭先生が引率していますので、この間、顧問の私が管理職の一人として学校の留守番をしなければなりません。大学の学長にお願いして、11月1日(木)の夕方に校長先生と教頭先生が帰国するまでは、毎日開智未来に出勤することにしました。
 今年になって、月曜日が開智未来、火曜日が週休日、水曜日が大学、木曜日が開智未来、金曜日が大学、土曜日が開智未来、と交互出勤の腰の据わらない生活をしていたので、新鮮な気持ちです。しかも、大学へはDパック、開智未来には鞄で出勤し、毎回荷物を入れ替えていたので、シンプルな生活になりそうです。
 今朝は、始業前に中学3年生の「先端コース」講座を行って、職員朝会を行いました。これから四谷大塚柏校で学校説明があるので、出張になります。3月までの生活に戻ったようで懐かしいです。
 校長時代は肩に力が入っていましたが、本日、朝会でこの間のことについて話をした時に、先生方のまなざしの真剣さと温かさを感じ、いい先生方だなとつくづく思いました。
 先生方はこの開智未来での仕事を楽しんでいるだろうか。自分を生かしているだろうか。それぞれの思いがあると思います。それぞれの人生があります。それがいとおしく感じられるようになりました。
 開校したときに、開智未来の「未来」について、それは生徒たちの未来、保護者の皆さんの未来、教育の未来、日本の未来、そして、先生方の未来と言ったことを思い出します。もちろん、私の未来でもあります。
 それから8年が過ぎようとしています。今はあの時の未来です。私は、この先生方に、もちろん一部ではありますが、どのような未来を差し上げることができたのだろう。ふと、そんなことを考えてしまいました。
 では、これから柏市に行ってきます。柏市にある開智国際大学には今日から11月1日まで出勤しないことになったのに、初日から柏市に行くことになりました。妙な気分です。
 それから、高校2年生の皆さん。勇気をもって意欲的に、充実したFWを送ってきてくださいね。

いい気持ち

 昨日、週休日に大学へ出勤したので、今日は振り替えで自室にこもって『月刊高校教育』の原稿を書いている。
 明後日の昼が最大限度の締め切り。まだ一行も書けていない。そろそろ書き出さなければ間に合わなくなるので、やっとワープロに向かったが書き始められない……。そんな最中にこのメッセージを書いている。
 親サプリで「グズはいけない」と言いながら、筋金入りのグズである。
 「差し迫って崖っぷちに追いつめられれば、神が降りてきて、必ず原稿が書ける」
 そう言い続けて10年が経つ。
 さすがに、これまでなら一行ぐらいは書き始めていた。今回はその一行も出てこない。
 昨日のメッセージに書いたように、「やっぱり焼きが回ったか。」
 今回の原稿のテーマは「反応」である。もちろん、「6つの授業姿勢」の「反応」のことである。言いたいことは、反応という日常語を、教員の側からも生徒の側からも深めて「教育用語」へと高めた、と言うことである。少々、自画自賛であろうか。
 400字詰め原稿用紙11枚。エッセイ風に仕上げることを旨としているので、読売新聞のコラム「編集手帳」よろしく、話を左右へと動かして、まとめてみたい。もちろん、私の力量を超えている。
 先日、編集長と電話で話をした。
 「今、教育現場に元気がないと思うんです。ですから、読者が元気の出るような、頑張っていこうよと声を掛けるような原稿にしたいですね」
 「いいですね。お願いします」
 後悔している。その言葉が足かせになっている。
 われながら、さっさと取りかかればいいのに。でも、日本中にいる読者を元気づけたい。その志を察して、神はきっと降りて来てくれるだろう。
 このメッセージを読んだ開智未来生たちは、顧問の私のグズさに嘲笑するに違いない。私以下だね、と。
  弱みを見せられるのも顧問の特権である、と開き直ってみる。
 やっぱり焼きが回ったか。
 でも、それも結構いい気持ちである。
〈追伸〉
 明日から、高校2年生たちは海外フィールドワークです。中学入学生はアメリカへ、高校入学生はカナダです。準備は出来ましたか。英語が心配な人もいるでしょう。12時間という長いフライトを不安がっている人もいるでしょう。勇気をもって思い切り海外に飛び込んできてくださいね。

ロースト

 昨日のメッセージに表れているように、最近妙にやさしくなってきたように思える。
 今朝、柏駅から開智国際大学へ向かって歩いていると、小雨の中、スーツ姿の母親が幼児を自転車の前に乗せて、駅に向かう坂を上っている。きっと保育園に寄ってから会社へ出勤するのだろう。3歳くらいの男児が私の方をちらっと見た。かわいい盛りだ。共稼ぎだろう。これから大変な時期が続くだろう。男児はどんな人生を歩むのだろうか。
 ある会社の門近くで、初老の女性がカッパを着て草取りを始めようとしている。かなりの歳に見えるが収入が必要なのだろう。人間は生きるために働かなければならない。私はその年齢まで働けるだろうか。
 大学の近くにある家は、2階の雨戸がいつも閉まっている。老夫婦が住んでいるが、現在、2階を使っていないに違いない。昔はこの2階に子ども部屋があって、子どもたちは巣立っていったのだろう。手入れされた庭木に雨露が結んでいる。
  その度に、なぜか胸がつまる。彼らはどんな思いで生きてきたのだろうか。
 焼きが回ったのだろうか。焼きが回ってもほどよいローストなら香りのあるコーヒーになる。オーバーローストでは苦くて閉口だ。
 大学へ行く時は、加須駅まで妻に車で送ってもらっている。今朝も家に戻っていく妻の車を見送っていると妻の運転する姿が見える。彼女はどんな思いで生きてきたのだろうか。
 やっぱり焼きが回ったか。

遅ればせながら

 2学期に入ってから月曜日が休日のことが多く、1か月半ぶりの月曜日の「哲学」(中学1年、中学2年、高校1年)の授業でした。
 それぞれの発達段階に応じて、中学1年「哲学」では「学び合い」を、中学2年「哲学」では「中学2年という時期」を、高校1年「哲学」では「考えるということ」をテーマにして授業をしました。その時々の自分を思い出しながら、タイムマシーンで旅しているような1日でした。
 久しぶりに会ったからでしょうか、真剣に授業を受けている各学年の生徒たちを見ながら、どの生徒もかけがえのない自分の一生を、文字とおり一生懸命生きているのだな、と痛切に感じました。当たり前のことなのですが、一人一人がいとおしいですね。
 生徒たちをいとおしく思う。
 これまでになかった感覚です。
 これまでは、生徒たちを伸ばそう、育てようと思っていました。もちろん、その思いもあるのですが、それ以前に存在自体を大切に感じるのです。
 当たり前のことかもしれません。
 やっと当たり前のことを感じられるように成長したのでしょう。遅ればせながら成長中。生徒といっしょです。

幸せになる方法

 今日は高校募集の体験入学です。80組近い方が参加してくれました。
 私は中学生ミニサプリと親サプリをともに15分間行いました。顧問というやや自由な立場から、中学生たちやその保護者の方たちのことだけを考えて、時には、言いづらいことも遠慮せず正直に話しています。とても楽しいです。
 サプリを聞いている人も私が楽しんで話していることが分かるのでしょう。いい表情で聞いてくれます。
 「点数を上げようと勉強してはいけません。頭をよくすることです。もちろん、頭が良くなれば点数も上がります」
 中学生ミニサプリは、こんな調子で始まりました。
 「頭の悪い人は無表情な顔をして授業を受けます。賢い顔をして、積極的にうなずきながら話を聞きましょう。それから18ページを開けなさいと言われたらすぐに18ページを開けましょう。頭の悪い人はグズグズして反応しません。指先も器用に動くようにしましょう」
 勝手なことを言っていますね。
 親サプリでは、こんなことを話しました。
 「保護者の方にお願いがあります。お子様の前で人の悪口を言わないようにしてください。その毒がお子様を蝕んで、人の悪口を言う人間になってしまいます。人の悪口を言う人間に育ってほしいですか。それに、親から人の悪口を聞き続けた生徒は、何事も人のせいにする人間になってしまいます。自分が勉強しないのに学校が悪いとか、先生の教え方が悪いとか言うようになります」
 うなずいて聞いてくださる中学生たちや保護者の方を見ながら、ありがたくて、嬉しい気持ちに浸っています。
 さて、これから個別相談で学習アドバイスをしたいと思っています。
 人のために生きる。
 これは年配者が幸せになる方法ではないでしょうか。

秋晴れ

 今日の午前中は、中学1・2年生のペア駅伝と中学入試の「探究型入試説明会」が同時併行で行われます。加藤校長と藤井教頭がペア駅伝に関わり、顧問の私が説明会に関わることになりました。
 このペア駅伝は開校年度より行われているもので、今年で8回目になります。共に走る相手の息づかいを感じて他者を理解すること、そして、力を合わせることで一人以上の力を発揮することを学ぶ教育活動です。今年は応援できないのが寂しいですが、きっと頑張ってくれるものと思います。来校の保護者の皆さん、私に代わって応援をよろしくお願いします。
 探究型説明会は、今の中学3年生の入試の際、未来型入試として始まったものです。昨年から、社会探究と科学探究に分けて「探究型入試」と変更し、1回だった入試を2回に増やしました。学びの基礎となる読解力と計算力をそれぞれ「読解基礎問題」と「計算基礎問題」で評価し、さらに、思考・表現力を「探究問題」で問います。大学入試が2020年度から大きく変わりますが、その入試改革と軌を一にする入試です。
 私はこの探究型入試に期待をかけています。この入試で開智未来に入学した生徒は、開智未来の教育でさらに成長し、単に大学入試だけでなく、大学入学後、さらには大学卒業後に社会で活躍して人々に貢献し、身心ともに成長して幸せに生きていけると考えています。
 今日はこれからどのような学びをしていったらよいか、保護者に対してもどのようにお子様を育てていったらよいかについて、説明できたらと思っています。
 最近、自分の年齢について言及することが増えていますが、60年も生きていると何が大切か、何をどの時期に行うべきか、自分をどのように成長させたらよいか、そんなことが多少なりとも見えてきます。そうやってものごとが見渡せるようになって、「探究型入試」の意義を再認識しています。
 秋晴れの中、校庭では中学1・2年生たちが躍動しています。アカデメイアではこれから開智未来で躍動するに違いない小学6年生たちがその準備を始めます。
 清々しい天気が彼らを応援しているようです。
〈追伸〉
 おかげさまで、左膝の痛みも和らいできました。

悲しい自問自答

 昨日は午後3時までお休みをいただき、孫娘の保育園の祖父母遠足に参加してきました。
 これは5歳と6歳のクラスの行事で、子どもたちと一緒に保育園から近くのコスモス畑と公園に歩いて行って、昼食をとって帰ってくるという日程です。妻が仕事で参加できないので、私が行くことになりました。
 8時50分に集合し、歌の披露を受けた後、懐かしいお遊戯を一緒にして、9時半頃に出発。目的地までは手をつないで行進し、2時頃に園に帰ってきました。「身心開放」で恥ずかしさや照れを克服すると、多くの園児と「稚心」そのものになって楽しむことができました。まるで「良寛さん」のようですね。これを世間では「好々爺」と呼ぶのでしょうか。
 若い保母さんからは、「すずらんちゃんのおじいちゃん」と呼ばれて、どんな顔をしたらよいのか困ってしまいました。ちなみに、ウォーキングということなので、私はバリバリのスポーツウェアで、トレイルラン用のリュックを背負い、ランニングシューズのいでたちでした。何しろ、スーパーエイジングですから。
 園児たち同士の会話を聞くのも、楽しいことでした。言い合いになることもありますが、どちらにも言い分があって、子どもなりにいろいろと考えていることがわかります。また、言葉もかなり発達しています。
 生徒たちと比べても、私たち大人と比べてもそれほどの差はないのでは、と思ってしまいます。逆に言えば、その後あまり成長させていない、とも言えます。
 教育というものは、未開発な領域かもしれませね。
 ところで、一夜明けて、1週間前のプレ合格祈願走で痛めた左膝が、再びかなり痛くなっています。
 年齢に抗うべきか、年相応になるべきか、悲しい自問自答をしています。

哲学する庭師?

 昨日は週休日で、先週に引き続き家の植木の刈り込みをしました。
 今回は西側にある、2本の金木犀の木です。20数年前、50センチにも満たない苗木を、何かの景品のようなものとして貰って植えたものです。西側なので目につくことが少なく、無精にも一切手をつけなかったため野放図に育ち、2階の窓に達するほどに巨木化していました。
 枝を間引きしないと木の枝は内部に密集するものですね。枝分かれした枝を選んではノコギリで切り落とし、その上で小枝を植木ばさみで剪定することにしました。
 切りながら、精神や脳の中も、不要な枝を切って風通しをよくしなければいけない。
 不思議なもので、密集した太い枝にノコギリを無心に引いていると、勝手に思考が湧いてきます。これは草取りの時にも起こることです。
 妻と一緒に格闘すること6時間。2本で軽トラック4杯分の枝葉が出ました。
 身体労働というものはなぜかくも気持ちがいいのでしょうか。
 作業の結果が目に見えるから?
 それだけではないように思います。
 今朝、開智国際大学へ向かう車中で、『頭がよくなる思想入門』(新野哲也著、新潮選書)を読み直しました。この本は保護者会報「ビリーブ」で推薦した本ですが、私はこの本を何度も読み返しています。私の座右の書の一つです。ちなみに、すでに絶版となっており、残念です。
 こんな文章が眼に飛び込んできました。
 「理屈の世界に迷い込むと、考えなくてもわかることがわからなくなってくる」
 「直感は現実や身体感覚に根ざしている。一方、意識や言葉は、現実を離れて浮遊する」
 「現実だけに目を向けていると、役に立たない空想がいつのまにか消え去り、目の前にクリアな現実が広がってくる」
 庭仕事や畑仕事と哲学は相性がいいようですね。
 特に庭仕事にはまりそうです。

肩の荷を下ろして

 今日は開智未来での勤務です。早朝のアカデメイアで生徒たちと一緒に勉強しました。今日から中間考査ですが、アカデメイアはいつもと変わらぬ空気です。これが開智未来の素晴らしいところですね。
 顧問となって肩書きという肩の荷を下ろして、ありのままの自分を、子どもの頃を思い出しながら、見つめてみると(自分を見つめるほど余裕があるということですね)、自分というものが、つくづく、「臆病で、不器用で、融通が利かなくて、自分本意で、グズグズしていて、組織が苦手で、人見知り」だと思います。これでよく生きてきたものです。ただ、「飽きずに頑張り続けることができて、身の程知らず」なのでここまでやって来ることができたのかも知れません。
 「嫌われるほどではないが人に好かれる人間でもなく、わずかばかりの愛嬌が救いの人間」と、肩書きがなくなったからこそ、正体が丸見えになって、自分を正しく認識できるようになったのでしょう。
 自分よりダメじゃないか、と思う生徒もいるでしょう。安心してください。それでも人間はしっかりと生きていけるものなのですよ。
 それでも、自己を卑下することもなく、自分を嫌いにならない。だから自分というものは面白いと思えるのは、齢を重ねたからでしょう。
 肯定でも否定でもない自己受容。劣等感も優越感も超えた平常感。それでも成長し続けたいという体内エネルギー。
 AIの発展、資本主義の行き詰まり、ネット社会の進展等、社会の急激な大変化が予想される中、自己受容・平常感・体内エネルギーが重要なポイントとなるに違いありません。
 ちょっと話が大きくなりすぎですね。
 これからの教育はどうあるべきか。人間をどのように育てたらよいか。
 考える時間がたくさんあるのが嬉しいです。

懲りない人間

 今日はどうにか歩行できるようになり、開智未来で元気に勤務しています。
 1時間目は中学3年「哲学」です。ねらいは、言葉と思考。61歳の私が考え尽くしたことを、丁寧に伝えることを意識して授業を行いました。
 「哲学をお子様ランチにしたくはありません」
 こんなことを生徒たちに言いました。
 中学3年という発達段階は考慮しますが、相手は中学生だからと話のレベルや内容を落とすつもりはありません。大人にも通用する、小ぶりですが質も味も良いハンバーグやナポリタン、フライドポテトを提供したいと思っています。
 「人間は一つの美徳があれば、その美徳で立派に生きていけるものです。あなたにはどんな美徳がありますか」と生徒に投げかけたあと、「長所と美徳の違いを説明しなさい」という課題を出しました。
 大人でも難しい問いです。私も考え続けています。
 「自分で使う言葉は自分で説明(定義)できなければなりません。自分で説明できないような言葉を話しているから考えが深まらないのです」
 生徒相手でも真剣勝負できる、現役の人間であり続けたいものです。
 ちなみに、私は「現役の人間とは、全力で走り、全力で生き、成長し続けようとする者である」と定義しています。
 早く足を治して、全力で走りたいです。本当に懲りない人間です。