顧問感覚

成長

 未来祭明けの今日は、午前中が片づけで午後から授業でした。私も5時間目に中学1年生の「哲学」がありました。
 生徒たちはすでに気持ちを切り替えていました。きっと昨日、清々しい朝を迎えていたに違いありません。
 哲学の授業の今日のテーマは「振り返ること・抽象的に考えること」。「言葉の第8期生」と里山探究フィールドワーク後に名付けた中学1年生たちに、言葉に焦点を当てて授業を行いました。
 「抽象的とはどういうことですか。言葉で定義しなさい」
 こんな課題を出しました。
 「わからないから書けないではいけません。どんなことでも考えたことを言葉にしてノートに書いてください」
 わからないと考えることを途中で断念して、ノートに書かない生徒がいます。高校生になると考えるのが面倒だから、「あとで先生が答えを言うまで待とう」と何もしない生徒が増えてきます。
 「各グループで全員が何かを書けたところは互いに発表する『学び合い』を始めてください」 うまい方法が閃きました。このように指示をするとどうにか必死に考え始めました。
 「それでは『振り返る』とはどういうことですか。3つ書きなさい」
 とても難しい質問です。大人は「振り返りなさい」「反省しなさい」と、子どもたちに問いただします。しかし、振り返るとはどういうことか、反省するとはどういうことかを説明しません。それでも強く求めてきます。私も小さい頃、先生に反省しなさいと言われて、一体何をしたらいいのかと思ったことがあります。
 大学3年の時、教育学部の主任教授から「問題意識を持て」と言われて、同窓の仲間と「問題意識を持つとはどういうことかを研究しよう」と、その主任教授を特別講師に招いて、揶揄気味に勉強会をもったことを思い出します。
 大人は、十分に考えずに子どもに要求するから、子どもは育たないと私は思っています。
 生徒たちは必死に考えて、あれこれとノートにその定義を書いています。それらを眺めながら、5種類の「振り返り」を示しました。
 「思い出すこと、反省・課題を考えること、成長したこと・出来るようになったことを確認すること、パーフェクトにすること、次に何をするかを考えること」
 実は、5番目の「次に何をするかを考えること」はある生徒の答えを見て参考にしたことです。
 かなり難しい内容ですが、私の説明をしっかりと聴いています。
 言葉そのものが抽象である。
 1学期に比べて、だいぶ頼もしくなってきました。