顧問感覚

人が見える

 今日は大学です。やはり、開智未来とは別世界ですね。
 不思議です。私はどこにいても私なのに、開智未来にいる私と大学にいる私が自分自身違う人間であるように感じてしまいます。
 柏駅から大学まで、25分の徒歩での移動中、通りの人々や住宅を見つめながら、いろいろなことを考えています。歩くのは大変ですが、けっこうお気に入りの時間です。
 この家ではどんな人が住んでいるのだろう。
 どんな団らんがあるのだろう。
 この花を植えたのは誰だろう。
 こんな「開智未来の教育」の詩(アフォリズム)を考えました。
〈見る①〉(「五感」シリーズ)
 そこにいない人を意識して見る。
 刈り取り後の、蘖(ひこばえ)の田んぼを見ながら、春に田植えをしていた人を見出す。
 雨戸の閉まった2階の部屋を見上げながら、育った子供たちの姿を見出す。
 そこにいたであろう人の姿を私たちはありありと想像することができる。
 この世界は人に満ち溢れている。
 それほど、人間は人間が好きということだ。
 
 さて、明日は中学部の合唱祭です。私は南浦和の日能研で親サプリをしてから向かいますので、会場には1時20分頃到着します。ぎりぎり間に合うでしょうか。
 一生懸命練習している姿がありありと浮かんできます。
 それほど、開智未来生が好きだということなのでしょう。