顧問感覚

コモンセンス

新しい朝

 「事(こと)」というほどのことではありませんが、ダンス発表という「一事(ひとこと)」をやり遂げて、新しい朝を迎えました。
 私の一番好きな瞬間です。
 何かをやり遂げた瞬間は、新しいことが始まる瞬間である。
 これは私の信条の一つです。
 喜ぶのはその日まで。次の朝には次のことをスタートさせることにしてきました。
 いつもの時間に起きて、いつもの日曜日と同様、葡萄棚のある自室で、次に行う「こと」を確認して、開始しました。
 清々しくて気持ちいいですね。昨日の喜びに勝る幸福感かもしれません。ところで、「清々しい(すがすがしい)」とは、まさにこの瞬間を表現するための形容詞ではないでしょうか。
 さて、身体表現の次は、言葉による表現。これからは言葉、特に、詩に熱中したいと思います。これも年甲斐もなく、新たな挑戦です。
 思ったより身体のダメージが大きく、全身の筋肉痛と、特に左膝が悪くなっていました。やはり、年甲斐もなかったのでしょうか。それでも懲りずに、今日の午後は久しぶりに自転車に乗って「年寄りの冷や水」を流そうかなと思っています。
 未来祭で全力を出し切った開智未来生たちも、きっと清々しい朝を迎えているに違いありません。
 「おはよう!新しい朝です!」

40年

 恥ずかしながら、切羽詰まって、昨日になって初めて、本日のダンスについて本気で考え始めました。
 私が未来祭で踊る意味は何だろう。どんな表現をしたらよいのだろう。特に、舞台でダンス部顧問の西村先生と遠藤先生と一緒に踊るダンスは、それぞれがソロで踊る場面があり、そのダンスの意味を考えました。
 自己流で踊り始めてほぼ1年。基礎もなく、ただ身体で自己を表現する面白さに惹かれて、わが家にダンスルームがあるという「幸運な環境」を活用して、ダンスに熱中してきました。
 身体に関心を持つことのすばらしさ。年齢を超えて身体を楽しむことができること。生きている限り成長できること。そして、身体を動かすことのすばらしさ。
 私にとって、ダンスも哲学の一部です。
 それらを伝えられないか、伝えたい、と考えました。
 今朝も家で1時間ほど動きを考えて、学校でもダンスが始まるまであれこれと試行錯誤しました。
 緊張とともに楽しいという気持ちが、時間に追われる中で、高まってきました。
 本番では、楽しいという気持ちで舞台に立つことができました。どのように踊ったかはよく覚えていませんが、幸せな気分だったことは覚えています。
 さて、この気分は昔感じたことがある。
 それは大学受験です。第1志望校の二次試験で、緊張しつつも問題にワクワクしながら、集中している自分を楽しんでいました。ずっと忘れていたことでしたが、そのことを突然に思い出しました。
 今、40年前の自分に戻ったような気持ちになっています。
 これから高校生たちは後夜祭です。その気分を40年後に思い出せるような生き方をしてほしいと願っています。

ドキドキ

 昨日は膝痛のため、ダンスの練習は行わずに過ごしました。おかげで痛みもかなり引きました。同時に、頭の中にあったイメージもすっかりと消えてしまって、こうなったら、その時の気分で「無分別」に踊ってやれ、と開き直っているところです。
 「美というものは、本来、何かを欠いたものです」(寺山修司著『両手いっぱいの言葉』新潮文庫)
 そのとおり。私の大いなる欠陥ダンスにこそ美は宿る、のである。と、まったくもって勝手で無分別な言い訳・自己弁護を考えている次第です。
 これからリハーサルがあります。けっこうプレッシャーなってドキドキしています。
 何もしなければドキドキすることもありません。ドキドキは何かをしているということです。思い起こせば、子どもの頃はささいなことでドキドキしていました。授業中、先生に指されてドキドキする。テストの始まる前にドキドキする。リレーで待っている時間ドキドキする。好きな子と廊下ですれ違ってドキドキする。
 歳を取るとドキドキすることが極端に減ってきます。そして、ドキドキすることを避けようとします。
 1時間後にリハーサルを控え、幼い頃、かくれんぼで息を潜めて、「おに」の出現にドキドキしていたような気持ちになっています。
 「もういいかい」「まぁーまだよ」
 どんなダンスをしようかしら。まぁーだ決まっていません。ドキドキです。

無分別

 未来祭に向けて、ダンスの練習に励んでいます。
 本気で踊ると、20秒程度で100メートルを走ったように息が切れます。わが家には鏡のあるスポーツルームがありますが、踊っては椅子に倒れ込み、起きあがっては踊り出して……と、歳を考えれば狂気じみています。今朝起きると、左足の膝に少々痛みが生じていました。
 妻からは「年甲斐もなく」と言われました。
 さて、「年甲斐もない」をネットで調べると、「年齢に似合わず無分別である。いい年をして思慮分別がない」とのこと。
 キーワードは「分別」。
 「仏教では、人間の知は分別知で、そのものを偏らずにそのまま受け止める、仏の知を無分別知と言います。ならば、私は年齢に似合わず無分別なのだから、仏の境地にある」と訳の分かったような分からないような、まさに「無分別」な屁理屈をこねています。
 しかし、最期は無分別でありたい。
 これは私の望みでもあります。膝の痛みを感じながら、分別のない生き方を邁進したいと思っています。
 是非、未来祭では私の無分別なダンスをお楽しみください。

真剣な匂い

 今週は未来祭の週です。生徒たちはその準備に動き出しました。いつもとは違う表情が出てきて、まさに「祭」が近づいてきた、という感じです。
 子どもたちのことですから、手際はけっしてよいとは言えませんが、それでも真剣な匂いが漂っていて、ちょっと羨ましくなります。それが若さというものなのですね。
 さて、実行委員会からの依頼もあり、オープニングでダンスをすることになりました。昨年はサプライズでしたが、今年は生徒たちと一緒に盛り上がれるような計画を立てています。でも、ありがたい話です。こんなジジイにダンス発表の機会を与えてもらえるのですから。
 さらに、いい気になって、ダンス部の顧問の西村先生と遠藤先生とチームを組んで、文化祭当日、中庭で5分ほどのダンスパフォーマンスをすることになりました。今日は初めての練習をしました。素人に付き合ってくれる二人に感謝です。
 いい歳で、動きはけっしてよいとは言えませんが、老醜(老臭)ではなく、生徒たちのように真剣な匂いを漂わせられたら、と思っています。

青写真

 昨日、ボランティア除草に除草に先立ち、「共育講座」を行いました。テーマは「スーパーエイジング・3度目の自分への挑戦」。「自分を全うする」そして「自分を始末する」方法をテキストにまとめることができました。このテキストづくりはかなり時間がかかっていて、この夏休みを費やしました。
 一夜明け、赤裸々すぎたかなと思いつつ、自分のこれからの30年の青写真が一応出来上がったことにホッとしています。この通りにはもちろんいきませんが、一つの目安として、「3度目の自分」のスタートを切れそうです。
 講座でも申し上げましたが、このテキストは、私のこれまでのサプリや開智未来の教育をベースにしたもので、この生き方を最期まで続けるとどのような一生になるか、どのようなエイジング像になるかを示すことができたと思います。その意味で、開智未来生に対して、開智未来の教育の究極の姿となります。教育顧問の私か開智未来生に対して行うべきことは、その姿を見せることで、「生きる」っていいな、人間っていいな、と思ってもらえるようにすることです。
 元気いっぱい頑張りたいと思います。
 今朝も、早朝からダンスと詩の勉強をしています。
 「こんなにいろいろなことに手がけすぎでは、手が回らなくなるのでは。自分の統一感がなくなるのではないか」とふと思いました。
 たしかに、ダンス、詩、絵画、音楽、サイクリング、トレイルラン、哲学……等、守備範囲(攻撃範囲)を広げすぎです。
 「そんなことは思わずに、好きなとき好きなことをすればいい。そんな「自由自在人」になばいい」。
 開き直って、思い直しました。これは還暦を過ぎた者の特権に違いありません。
 それから、ボランティア除草へのご協力をありがとうございました。最後になってすみません。
〈追伸〉
 昨日のテキストをフィリアの「保護者用キャビネット・平成30年度」にアップしました。昨日のテキストにはない「付録」も付けました。

一粒で三度おいしい

 土曜日に行われる「共育講座」のテキストがほぼ出来上がりました。タイトルは、「スーパーエイジングへの挑戦」です。目標は2つ。「一粒で三度おいしい生き方を目指す」と「自分を全うする、そして、自分を始末する」です。
 「一粒で三度おいしい」とは、昔のグリコのアーモンドキャラメルのキャッチフレーズ「一粒で二度おいしい」のパロディです。50年以上食べていませんが、子どもの頃、私はグリコのアーモンドキャラメルが大好きでした。アーモンドとキャラメルの2つを楽しめるという意味です。
  「一粒で三度おいしい生き方」とは、人生90年を三等分して、最初の30年は自分をつくる時期、次の30年を自分の領域で仕事を全うする時期です。私も開智未来づくりでこの時期を完結させることができました。そして、60歳からの最期の30年です。
 三度目のおいしさをどのように味わっていくか。そのことを考察しています。それは、自分を全うすることでもあります。60歳で仕事を全うしたので、今度は自分です。4月からこの夏休みまでかけて、考え続け、あれこれと模索してきました。
 「自分を始末する」は、意味深ですね。これは曾野綾子氏の『自分の始末』(扶桑社新書、2011)からの発想です。「始末に負えない自分を始末するのは自分しかいない」「あとの人に私の後始末をさせてはならない」。そんな考えてまとめてみました。
 保護者の皆さんには、少々先の話ですが、参考になれば幸いです。私にとっても、このテキストづくりで、潔くきれいに、第2期の自分を脱皮して、新たな一歩を踏み出したいと思っています。
 しんみりした話になってしまいました。
 ダンサーになる!詩人になる!トレイルランに挑戦する!サイクリングは五感と孤独だ!それからちょっぴり家族愛について……。
 当日は、元気いっぱいのエイジングサプリをご堪能ください。

楽しむ

 今日から本格的に授業開始。
 私も始業前の「学びのサプリ」講座、2時間目が中学2年「哲学」、3時間目がH・S合同の高校1年「哲学」、5時間目が中学1年「哲学」と、4時間ほど授業を行いました。猛暑の夏休み明けというのに、開智未来生は夏休みボケはなく、集中して授業に参加しています。素晴らしいですね。
 生徒たちにこんなことを伝えました。
 「何となく過ごせばただの時間ですが、ねらいをもって過ごせば意味ある時間になる。意味ある2学期を過ごしましょう」
 この時間という言葉を「1日」「1年」「1生」と置き換えることもできます。開智未来生には意味をつくれる人間になってほしいですね。
 さて、私の2学期のねらい(テーマ)を「楽しむ」としました。大変なことも嫌なことも、もちろん、好きなことも徹底して「楽しむ」。そんな生き方をしたいと思っています。
 齢を重ねると、いろいろなことがしみじみと分かってきます。
  『子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者』(子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず)
 『論語』の有名な一節ですが、「楽しむこと」は究極の境地ですね。昨日も、夕方暑い中、1時間ほど歩いたり走ったりしました。「トレイルラン」をできるようになりたい。この夏、そんな夢が出来ました。そこでリュックに水筒を入れて、近所の田んぼのある風景の中を、時には歩き、興味のあるものを見つけたときは駆け寄ったりしながら、身体はきつくて苦しいのですが、楽しんでいます。
 なぜ楽しいのでしょうか。走りに自らの意味を持たせたからです。人間というものは奥深いものですね。
 生徒たちと意味深い2学期を楽しんでいこうと思います。
〈追伸〉
 楽しむと笑顔になってきます。また、笑顔になると楽しむことができます。そして、楽しむことで意味が生まれてきます。「未来スマイル」の初心に戻りたいと思います。

2学期始動

 開智未来は今日から2学期です。他の学校より夏休みが早く始まるので、その分2学期が早く始まります。
 始業式で加藤校長の式辞がありました。1学期の始業式はスターティングセミナーの引率中、そして、1学期終業式は大学での勤務だったので、加藤校長の式辞を聴くのは初めてです。肩の荷が下りて、ホッとしながら生徒たちと一緒にメモを取りながら聞きました。
 「満足した夏休みでしたか?」
 生徒たちに問いかけた後、こんな話がありました。
 「ダラダラして、逃げてしまった人もいると思います。誰しもいい生活がしたいと思っています。しかし、何もしないでいい生活は転がり込んではきません」
 やさしい語り口調ですが、奥の深い、しかも、毅然とした言葉です。
 誰しもいい生活がしたい、と思っている。
 すべての生徒を思い遣る、やさしさに溢れる言葉です。みんな自分を大切にしたいと思って、幸せになりたいと思って生きているのですよね。
 その言葉に続いて、何もしないでいい生活は転がり込んでこない、ときっぱりと言い切っています。これは加藤校長の信条に違いありません。優しい中に厳しさを兼ね備えた言葉です。
 思わずメモしました。学ぶということは楽しいですね。同じ言葉をメモした開智未来生もいるでしょう。
 2学期は、生徒たちと同じ気持ちで学んでいきたいと思っています。
〈追伸〉
 9月1日(土)に行われる「共育講座」のテキストを作成中です。スーパーエイジング・サプリと銘打った講座になります。気合いが入っています。楽しみにしていてください。

ワクワクの2学期

 本日から夏期講習(後期)が始まりました。そして、今週の土曜日に始業式があり、2学期が始まります。開智未来は夏休みが早く始まるため、その分、2学期も早く始まります。
 やはり、学校は生徒たちで賑わっていなければ学校らしくありませんね。夏休みボケの表情もなく、生徒たちは「学びの朝」を行っています。校長を退任して顧問となって、より客観的に開智未来を見られるようになりましたが、そのような目で見ても、本校の「学びの朝」は素晴らしいですね。長期休業明け(いいえ、まだ夏休み中です!?)であっても、生徒たちは始業前から楽しそうに勉強しています。それは、人間が本質的に学びが好きだからに違いありません。
 私は始業前に「学びのサプリ」講座を行いました。20人近い生徒が、忘れることなく参加しました。この講座は受講生に「1週間分のやる気」を提供することをねらいとしたものですが、かえって私の方が生徒たちからやる気をもらっているようです。
 サプリ講座ではこんな話をしました。
 「今日から後期講習で土曜日が始業式です。いつから2学期なのかがわからないのが開智未来の特徴ですが、新学期のスタートは生徒自身が決めるべきだと思っています。それが開智未来なのです。夏休みがまだ納得できていない人は、最大、授業の始まる来週の月曜日から2学期が始まると考えてもよいでしょう。長期休業中にしかできない『がっつりした学習』をあと1週間で仕上げましょう。すでに納得できる夏休みを過ごした人は、今日から弾丸スタートを切ってください。弾丸スタートのポイントは『グズグズしない身体、クリアーな感覚、高速の脳』です」
 さて、開智未来のワクワクの2学期が始まります。