顧問感覚

コモンセンス

蕗(ふき)

 休みの日も仕事の日も5時前に起き、コーヒーを入れ、ヨーグルトとチーズとバナナの朝食を取りながら、今日一日を見通し、自分のやりたいことを深く覗き込み、本を読み始め、ノートにメモを書き記す。
 少なくとも、開智未来を開設してから、この生活を続けています。
 特に、この時期は夜明けが早くなり、自室の窓からは植栽や菜園の新緑が清々しく、風光明媚な名勝や庭園とは異質の美を感じます。柿の木の下の蕗は、昨日の夕方、それを40本ほど鎌で掻き取り、葉を取り、茎の皮を一枚一枚と指で剥きました。キーボードを打つ指にはその渋が残っており、この庭と私との関わりを実感させます。
 咳には少々閉口しているものの、至福のひとときを過ごしています。(ちなみに、今晩、妻の手で調理されたこの蕗を食卓で味わえることが今日の一番の至福の時になりそうです。)
 昨日から『完本 日本語のために』(丸谷才一著、新潮文庫、2011年)をノートを付けながら読んでいます。この本は復刻版とも言うべきもので、ここに載らせられている文章は、昭和40年代から50年代に書かれたものです。私の中学~大学時代の頃です。丸谷氏は当時の日本語の状況について憂えていますが、もし今の日本の状況を見たら、どう思うでしょう。彼はこの文庫を出版した翌年に亡くなっています。
 この本が発行されたのは、東日本大震災の直前の3月1日です。この年に開智未来が開校しました。不思議な縁を感じます。
 「現代日本文明には古典主義が欠如している」「ヨーロッパに追いつこうとして焦燥したこの百年間の日本の市民の、勤勉な実利主義」
 ノートにメモした文です。
 さらに、「今(※昭和50年代)の日本に横行してる」対話の問題として次のようなことを挙げています。懐かしい言葉であり、私たちが反省しなければならないことです。
 「まくしたて、こけおどし、揚げ足取り、言いのがれ、言い抜け、言いがかり、水かけ論、空念仏、生返事、空理空論、すれちがい」
 さて、今日は12時から大宮ソニックシティで「親子でぐーんと学力を伸ばす言葉力講座」を行います。まくしたて、こけおどし、空念仏、空理空論にならないよう、気をつけたいと思います。
 よい一日がスタートしましたか。今日は昨日より気温が下がるそうです。風邪をお引きになりまらせんように。

慈悲の心

 連休直前に始まった咳は相も変わらずで、臥せるほどではありませんが、爽快とは言えない状態です。それでも今週は大学と開智未来とを往還して、久しぶりに精力的に活動しています。やはり、遠距離の移動が、たとえ電車の中で座っていられるとしても、身体にこたえているのかもしれません。いや、そういう身体になってしまっているのかもしれません。
 また、この体調不良の時期は、再び毎日このメッセージを書き始めた時期とも重なります。もしかしたら……、頭を使うと身体が疲れるようになったのでしょうか。
 そんなことで、今日は保護者総会ではありますが、自宅で身体を休ませていただくことにしました。大変申し訳ありません。なお、明日は大宮ソニックシティで「私立中学校フェア埼玉 2019」があり、そこで私が12時から特別講座を行うことになっています。テーマは「読解力・日本語」。「親子でぐーんと学力を伸ばす言葉力講座」という、宣伝用のあざといタイトルにしました。本年度からすすめている開智未来の取組を踏まえた、親子が言葉でつながっていけるような講座にしたいと考えています。そのためも今日は身体を休ませたいと思います(言い訳です)。
 さて、二人の園児が亡くなるという痛ましい交通事故がありました。最近、このような悲しい話に目を向けることが辛くなってきました。すぐに胸がいっぱいになり、涙が出てきます。その話をしようとすると声がつまってしまいます。
 虐待、貧困、認知症、事故、天災。ニュースは悲しいことだらけです。
 私たちが生きているこの世界は、「悲しみの世界」なのだろう。人間はずっとこの悲しみの世界で生きてきたのだろう。その悲しみを受け止め、受け入れ、生を重ねてきたのだろう。そして、その中で、祈りや希望や、宗教や哲学や、思想や文化が育まれたのだろう。家族という生きる形態の奥底にもこの「悲しみ」というものが結晶になって鈍くも光っているのだろう。最近、そう思うようになりました。いいえ、そう思って、悲しい気持ちを和らげています。
 仏教には「慈悲」という言葉があります。この言葉は「一切衆生悉有仏性(一切の衆生はすべて仏性、つまり仏になる種をもっている)」という考え方に基づいた言葉で、仏様や菩薩様が衆生(生きとし生けるもの)をあわれみ、いつくしむ、という意味です。
 悲しいニュースに心を痛めながら、最近、「慈悲」とは「悲を慈しむ」ことではないか、と思うようになりました。かなしいことを慈しむ。つまり、頭をなぜるように大切に扱う、ということです。私たちにできることは、心の中で、その子どもたちの頭を慈しむように撫でてやることくらいです。いいえ、せめて撫でてあげたいと思っています。
 言葉は、やはり、大切なものですね。子どもたちに言葉を育てたいと思います。そして、言葉でそっと頭を撫でてあげられたらと思っています。

人こもごも

 今日は大学勤務の日です。
 柏市までの車中にて、今日はスマホを見ている人が少ないと思っていたら、ほとんどの人が眠っていました。連休明けの金曜日、疲れがたまっているのでしょうね。
 車窓に目を移すと田んぼには水が入り始め、田仕事をしている農家の方の姿が見えました。目前には疲れて寝入りながら勤めへ向かっている人々、背景には朝日に輝く水面と新緑の中で働く人々。世界を一つの絵に移したような光景です。
 当たり前すぎるほど当たり前のことなのですが、この世界にはたくさんの人が生き、生活しているのですね。
 悲喜こもごも。人こもごも。
 こういう「悲喜こもごも」に生きる「人こもごも」である生徒たちを教える、育てる「教育という営み」って何なのだろう。
 考え込んでしまいました(どうも最近はすぐに考え込んでしまうようです)。
 一人一人を大切にすること。
 理論的ではありませんが、まずは直感の答えを、野田線アカデメイアでノートにメモしました。

幸福論

 今日は一日開智未来の日で、朝のアカデメイアに始まり、1時間目は中学2年「哲学」、2時間目は中学3年「哲学」、4時間目は中学1年「哲学」、5時間目は高校1年「哲学」と、開智未来の日常を送っています。
 開校以来、この生活が基本だったので、ほっとするような、自分に戻ったような気分です。
 この日常の中で、生徒たちをどのように育てるかを各学年の先生方と話し合う時間が、私にとって一番幸せな時間です。アカデメイアで真剣に勉強に励む生徒たちと同じ空間に居ることも一番幸せを感じる時間です。
 あれっ?一番幸せな時間が2つ出来てしまいました。
 先ほど「自分に戻ったような」と書きましたが、果たして自分というものは「戻る」ものなのでしょうか。
 「哲学」の授業であれば、「自分は戻るものではない。向かうものである」と生徒たちを鼓舞するでしょう。自分に戻っているようではいけませんね。
 「我に返らんと欲すれども返る我なし」
 昨日に引き続き、「自分論」でした。
 いつまでも挑戦し続け、その姿を生徒たちに見せ続けたいですね。
 これは私の幸福論です。

私は何者?

 今日は午前中は岩槻校で管理職会議。私はその会議の運営と司会を行っています。これは「理事長補佐」の仕事です。
 午後は、開智未来の顧問として、中学1年生の「田植え体験学習」を見学に行きました。明日「哲学」の授業で、田植え体験学習の振り返りを行うので、それには実際に生徒たちの姿を見なければならないからです。
 このように、今年は4つの役割を兼任しているので、その場その場で変身して過ごしています。
 私は一体何なのだろうと、アイデンティティの分裂を感じるときもあるのですが、「私(関根)」であることは変わりません。昨日のメッセージの「自分のいる場所が自分の居場所」と同じですね。
 中学・高校・大学時代にあれほど「私は何者であるか?何者になるのか?」と問い続けたのに、大人になるとその問いを忘れてしまうのは、一つの場所、一つの役割、一つの自分に安住しているからなのでしょう。
 混沌の中にこそ、自分を見出す契機がある。
 今、生徒のような気持ちになっています。
 独り言のようなメッセージですみません。

動物(動くもの)

 連休が終わり、午前中は柏市の開智国際大学にて学内会議に出席し、昼食後移動して3時半には開智未来に到着、木曜日の「哲学」の打ち合わせや準備おまけに、東武野田線が遅延のため春日部駅でしばし佇むというハプニングもありました。日常は慌ただしいですね。
 本年度は居場所を固定しない生活をしています。
 例えば、今日は、朝は自室で約1時間の勉強-加須駅から春日部駅まで車内で立ちながら本を読み-春日部駅のプラットホームで佇みながら読書-春日部駅から野田線アカデメイアで45分間の集中勉強-柏駅から大学まで約30分のウォーキング-大学で学内会議-再び柏駅から大学まで約30分のウォーキング-野田線アカデメイアで45分間の2回目の集中勉強-春日部から加須まで車中で座れて読書-加須駅から自宅まで20分のウォーキング-自家用車で開智未来へ-開智未来で業務。遊牧の民のように自分のいる場所が自分の居場所となり、自分という存在が「場所(トポス)」となっています。
 自分というものが相当に確固としたものでないと、「浮き草」のように漂ってしまう。もしかしたら、ヨーロッパの個人主義とういうものはこのような状況から生まれたのかしら。
 動くからこそ自己が浮かび上がる。
 考えてみれば、人間は「動物(動くもの)」だったのですよね。

日常

 連休最終日ですね。
 異例の10連休(開智未来は9連休)ということで、妙に力んだスタートになりましたが、初日から咳が出始め、今日になっても直らず、伏せるほどではなくこの期間にやるべき家事・掃除や畑仕事や草取りをこなしてきたものの、淡々と過ぎました。
 強がりでなく、これはこれで「いい日常」であったように思います。
 日常という言葉を使いましたが、私たちの日常とは、通常、休みでない日、つまり、仕事や学校へ行く日のことです。
 5歳の孫娘も、昨日わが家から家に帰る際、「明後日からまた保育園が始まっちゃう」と涙ぐんでいました。
 「でも、金曜日まで行けば、土曜日と日曜日は2日お休みになるでしょ」
 「土曜日はスイミングがあるから休みじゃないもの」
 スイミングも学校なのでしょう。さて、彼女にとって保育園やスイミングのある日が日常なのか、それとも家で親と過ごす日が日常なのか。
 少なくとも、大人になるにしたがって、仕事の日が日常になっていきます。その意味で、この10日間(うち1日は風邪で学校を休んだ日です)を「日常」と感じたことは、何か大きな変化が自分の中に起こり始めているのかもしれません。これは老化なのでしょうか。
 すべての時間を日常として過ごせる心境になったとすれば、これを成長と称してあげたいと思います。少々、強がりも入っていますね。
 さて、読書の方ですが、根を詰められないので(言い訳です)、6冊にとどまりました。それでも読解や日本語についての勉強は進んで、ちょっと成長したように感じています。
 今日は、あえて新しい本は読まず、これまで読んだ本のノートを読み返して復習したいと思っています。
 本の数だけを競うより、学んだことを指折り数えた方がよい。
 やっと分かってきました。これも成長でしょうか。
 点数だけを競うより、学んだことを指折り数えた方がよい。
 これは老いた人間の戯言でしょうか。それとも年を重ねて得た知恵なのでしょうか。
 それでは、穏やかな1日をお過ごしください。そして、明日からも元気に過ごしていきましょう。

おかあさん

 「ねえ、おかあさん。おかあさんは人のことを気にするタイプ、それとも自分のことを気にするタイプ?」
 連休で長女の家族が遊びにきたときの、孫娘と、私の娘であるその母親との会話に聞き入ってしまった。
 「おかあさんはどちらのタイプだと思う」
 いい受けこたえだ。母親をどう考えているのかを知る問いでもある。30年ほど前のわが子の姿と重ね合わせた。立派に成長していることがその親として嬉しい。
 「おかあさんは人のことを気にするタイプかな。すずらんのことをいろいろと考えてくれるから」
 5歳の孫にとって「気にする」とは「考える」ことらしい。言葉や概念の源流を垣間見ているようで興味深い。
 「すずらんはどっちのタイプ?」
 私にも同じ質問が来るかもしれないという危険を、あえて冒して聞いてみた。もし聞かれたら「じいじは自分のことを気にするタイプ」と答えよう。孫に身勝手な祖父と思われるかもしれないが、自分のことを考え続けるのことも大切なことだと、あとで分かってくれるだろう。
 「すずらんはね。人のことを気にするタイプ」
 「おかあさんと同じだね」
 「うん」
 嬉しそうで得意気な表情である。
 私はこのような親子関係をわが子と築いたのであろうか。自分のことばかりを気にして家族のことを気にしていなかったのではないか。
 さても、恐れていた私に対する質問はなかった。ほっとしたような寂しいような。
 子どもの世界は大人が考えているほど幼稚ではない。そして、わが子の幸せほど幸せなことはない。
 親が仕事ということで、今日は孫二人を妻と預かることになっている。さて、どんな発見があるだろう。
〈補〉
 今日は子どもの日。ということで、明治期の、子どもを謳った詩を紹介します。宮崎湖処子(本名は八百吉。男性です)の「里の子」という詩です。

 里の小川を来て見れば、
 小魚(いさな)とるとて子どもらが、
 きのうもけふもくるるまで、
 水をぞすくううちむれて。

 いさら小川のさらさらと、
 たえず月日はながるるを。
 里の子どもはいつまでか、
 とまらぬ水をすくうらむ。

 なお、「いさら」とは「小さな」という意味です。よい一日をお送りください。

君が袖振る

 先日紹介した山口氏の本によれば、「です、ます」(敬体)は直接読者に語りかける表現形式であるとのこと。相手を意識した「話し言葉」に近い。対して、「である」(常体)は客観的に説明できる表現形式で、これにより「地の文」が書きやすくなり、日本語の文章が発展したらしい。
 主観的・個人的な話題は、敬体よりも常体の方がふさわしい場合がある。照れ隠しになり、また、抑制的にそっと感情を届けることができるからだろう。
 今日は常体で書きたい。
 ☆  ☆
 5月1日に会ったばかりだが、昨日母を施設に訪ねた。
 帰り際、母は玄関で、施設の方と手をつないで、手を振って私を見送っていた。私も車の窓を下げて手を振る。
 ふと思い出したことがある。
 この光景は、子どもたちを保育園に送った時に、保育士と手をつないで手を振っていたわが子の姿である。
 共稼ぎだったため、三人の子どもを小さい時から保育園に預けた。初めのうちは泣いて追ってきてこちらも辛かった。ようやく慣れて、手を振って送るようにはなった。しかし、我慢していたのだろう。子どもたちが成人した後もあの時の姿は忘れない。
 子に手を振られ、そして、親に手を振られる。
 時の移り変わりを実感し、人生というものの断面を見る思いがした。
 いつか私自身がわが子の背に向かって手を振るときが来るのだろう。その時、私はどんな気持ちで手を振るのだろう。
 子どもたちはどんな気持ちだったのか。母はどんな気持ちなのだろう。
 「また来てね」と母は言い、「はやく迎えに来てね」と子らは言う。私は何と言うのであろうか。
 令和の時代になり、嬉しいような悲しいような、急に「万葉集」が脚光を浴び始めた。
 「あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る」(額田大王)
 手を振るという行為に、日本人の心性が地層のように積み重なっている。
 私にも家族にも、である。

今は昔

 移り気はけっしてよいものではありませんが、昨日、『訓読みのはなし』(笹原宏之著、角川ソフィア文庫、2014年)を4分の1ほど読んだ頃、気分転換に屈伸をしたときに本棚の隅にあった『自家製文章読本』(井上ひさし著、新潮文庫、昭和62年)を手にとってしまいました。
 この本は、教員になって6、7年経ったころに買った本です。大学の頃から彼の随筆が好きで、その随筆の一種かと思って購入しました。内容は、かなり本格的な日本語論です。何度か読み通そうと挑戦した跡があります。30ページまでは鉛筆で線が引いてあります。また、風呂場で読もうとしたようで、80ページあたりまで一部紙に湿気を浴びた形跡があります。
 一昨日まで『日本語の歴史』(山口仲美著、岩波新書、2006年)を読んでいたこともあって理解が進み、それまで読んでいた本をホッポラカシにして一気に読み終えてしまいました。
 移り気も時には功を奏すものですね。
 30年以上を経て、今頃になって日本語の面白さに気づくのですから、もちろん、気づかずに一生を終えるよりもましですが、自分の無能さに嫌気がさします。もし、この30年間、日本語というもの、言葉というものを勉強しつづけたら、もっと深いことに気づけたのではないか、もっと深い「哲学」の授業ができたのではないかと、後悔というより自分の能力に残念な気分です。
 『日本語の歴史』や『自家製文章読本』を読んで、今私たちが使っている日本語が、太古の頃から面々と続いた言葉であること、そして、その間に中国から書き言葉として漢語が移入され、明治維新からは外国思想が和製漢語で翻訳され、戦後は多くの外来語が堰を切ったように流入してきたことが分かりました。例えば「係り結び」。高校時代にはテストのために覚えましたが、なぜ係り結びをするのか、なぜなくなったのかと現在の日本語とつなげて習ったことはありませんでした。もし、日本語の歴史を見つめる視点で「古典」を学んでいれば、あの『源氏物語』も『枕草子』も『古今和歌集』もずっと身近なものとして感じることができただろうと思います。
 何か大切なことを見落としていないか。
 30年以上前に本屋で手に取ったこの本から問われているような気がします。
 少々長くなりますが、『自家製文章読本』からもぎとった1箇所を紹介します。
 「たしかにヒトは言葉を書きつけることで、この宇宙での最大の王「時間」と対抗してきた。……(中略)……。わたしたちの読書行為の底には「過去とつながりたい」という願いがある。そして文章を綴ろうとするときには「未来へつながりたい」という想いがあるのである。だが、奇怪なことが起こりはじめているのもたしかである。かなわぬまでも時間と対抗しようという、いかにも人間らしい気組みが急速に失われて行きつつあるらしい」
 井上氏が生きていて、今の状況を見たら何と書くでしょうか。
 氏は開智未来が誕生する1年前の春に亡くなりました。ちょうど第1期生の募集活動を開始した頃です。今は昔、平成時代の話です。