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2018/09/14new

深化・進化

| by 関根均
 今日は大学に出勤の日です。柏駅から2キロメートルほど歩くので、Dパックを背負い、最近はハイキング用のシューズて通っています。
 往復で約2時間。電車には待ち合わせ時間も含めて片道1時間20分ほど乗ります。車中を有効に使おうと、座れば読書やメモに専念し、立っているときは考え事をしています。ホームで電車を待っているときはウォークマンで音楽を聴きながら、人知れず踊っています。きっと不気味なオヤジに思われていることでしょう。ちなみに、今日は Ed Shearan の『÷(ディバイド)』で踊っていました。一見ヤバい人です。
 昨日から『唯脳論』(養老孟司著、ちくま学芸文庫、1998年)を読んでいます。養老氏は私の20歳上ですから、彼が今の私の歳に出版した本です。一読スゴい本です。ずっと遙か遠く、彼方の存在です。もともとサプリは養老氏の考えも取り入れているのですが、最近、養老氏の凄さがさらにわかってきました。少しは成長したのでしょうか。
 「あらゆる人工物は、脳機能の表出、つまり、脳の産物に他ならない」
 「現在われわれを捕らえているのは、現実と化した脳である」
 テクノロジーの発達で、私たち人間は、脳の中で想像してきたことを現実にしてきました。空を飛ぶ夢、腕時計で人と話をする夢、時間と空間を超えて誰とでも話ができるという夢。みんな現実になりました。脳で考えたイメージはCGであたかも現実のように画像化されます。ネットという人工的な世界は若い人たちにはすでに現実空間となっています。
 まさに、脳が現実となっているのです。
 しかし、それは本当に現実なのでしょうか。
 氏は「現実とは、われわれを制約するもの」であると述べています。人間は、自分ではどうにもならないこの現実と向き合い、時には抗い、時には屈服されてきました。しかし、脳によって生み出された人工物という現実は、われわれを制約から解き放しました。何でもできるのです。
 人間を制約をしない現実は、本当の現実なのでしょうか。
 私はここで身体に注目します。身体には制約があります。がんばっても50メートルを4秒では走れない。思ったように踊ることはできない。思ったようにギターは弾けない。絵を描くことはできない。そうやって不便な中で現実を取り戻すことが大切なのではないでしょうか。
 そうして、身体を鍛えれば、絵やギターの腕を上げれば、できなかったことができるようになり、私の現実は広がっていきます。脳で空想上の世界を思いのままに広げても、生きた気分にはならないと思うのです。
 現実に制限された人間にこそ、その身体の開発で、一人一人の意味ある世界を持つことができる。
 朝、野田線で考えたことです。
 読んでは考え、読んでは考える。
 サプリをもっと深化・進化させたいと思っています。

13:03
2018/09/13

英語・世界へ(3)

| by 関根均
 2日ぶりに開智未来で勤務しています。やはり、開智未来生と直接関わる仕事は楽しいですね。
 木曜日は始業前に東大ゼミの先端コースの講座があり、14名の中学3年生と一緒に『菊と刀』を英文で読んでいます。この先端コースは昨年度から開講しているもので、英検2級以上を取得している中学3年生に、ちょっと背伸びをして全国レベルの学びを目指したゼミです。
 ちょうど天皇が話題となったところだったので、「日本人にとって「天皇」とは何か?」について考えました。
 「このことを外国の人にどのように伝えますか。日本人ではありませんから、『そーだよね』では通じません。丁寧に説明しても文化の違いから相手はなかなか理解してくれません。理解したとしても納得してはくれないでしょう。その時、どのように論じていきますか?これは単に英語力の問題ではありません」
 世界と関わるということは、もし本気で関わろうとするなら、いいかげんに相づちを打つのではなく、相手の考えを真剣に理解し、自分の考えをねばり強く伝えることが大切です。そんな思いで生徒たちに問いかけました。
 真剣に聴いている生徒たちと接して、自分も背筋を伸ばして生きなくてはという気持ちになります。
  「英語・世界へ」というテーマで3日連続でこのメッセージを書いてきましたが、英語力は後からついてくるもの。やっぱり「飛び込む勇気」ですね。じっくりと考えて覚悟をもって飛び込むのもよし。軽いノリで入り込むのもよし。動き回ったからこそ見えてくる世界、入り込んだからこそ五感で感じる世界が現実世界なのでしょう。
 「エンパワープログラム」の宣伝を連日書きました、このプログラムに多くの生徒が飛び込む、そんなパワーのある学校に開智未来がなることを私は夢見ています。
 もし生徒たちが嫌がらなければ、いい歳でお邪魔かもしれませんが、私も同じ条件の生徒の一人として、萎れかかっている勇気に息を吹き入れて、プログラムに飛び込みたいと思っています。
14:56
2018/09/12

英語・世界へ(2)

| by 関根均
 昨日から「英語・世界へ」について考え続けている。
 「エンパワープログラム」の内容を見ると、1日目のテーマは「ポジティブ」である。まず姿勢を育てて、2日目からは「社会問題を解決するためのスマホアプリを考案しよう」や「20年後に出現する今はない新しい仕事を想像しよう!」を一緒に考えるプロジェクトがある。また、「世界にどのように貢献していくか、そのために何をすべきか」についての個人スピーチもある。
 英語を使うだけではない。英語を使うための姿勢を学ぶように出来ている。それを5~6名に一人、優秀な海外学生がついてディスカッションしていく。日本に飛び込んできた、意識の高い若い海外の人たちと接することは、普段の学校生活では体験できないことである。
 私は開智未来生に、勇気をもって参加してほしいと願っている。
 「どうせ私は将来英語を使わないから」「私は英語が苦手だから」
 自分の未来を切り拓く勇気をもってほしい。
 そういう私自身が勇気がなかったではないか。
 「エンパワー」とは「力を与える」、さらには「勇気づける」という意味の言葉である。昨日から英語の勉強を再開した。何を英語で語りたいか。外国でも通用するためにこれから何をすべきか。答えを出すにはもっと力が必要である。

15:05
2018/09/11

英語・世界へ(1)

| by 関根均
 今日は常体で書きたい。自分を突き放して考えたいと思ったからである。
 9月1日(土)に行った「共育講座:大人のサプリ 2018」(テキストはフィリアにアップしてあります)でこれからの30年の生き方について述べたが、意図的にそっと消したことがある。お気づきになられただろうか。
 「英語・世界へ」というカテゴリーである。アスリートになる、アーティストになる、哲学者になる、という夢は描いたが、世界に進み出るという夢、そのことに伴って英語を身に付けるという目標が消えている。
 開智未来の校長時代、私は英語の勉強に、相当な時間をかけた。カナダやワシントン、そして、ブリティシュヒルズに一緒に行くからである。国際社会に貢献するリーダーになるためには、英語を使えるようにならなければならない。
 校長も率先して行う-これが私の信条であったから、かなり勉強した。
 しかし、やはり英語は苦手である。あれほど勉強したのにものにならない。特に、聴き取る力は決定的に劣っている。聴き取れないと言っても過言ではない。校長を退いて、英語を使う必要性もなくなり、英語の勉強をそっと辞めていた。正直、肩の荷が下りてほっとしていた。
 私は「大人のサプリ」で「自分を始末する方法・自分を全うする方法」として「罪滅ぼして恩返し、取り返しては夢叶え、跡を濁さぬようよう整理して、行李一つ残して自分を全うする」というスローガンを掲げた。
 その中の「取り返し」とは「できなかったこと、やり残したことを行う」ことである。私の最大の「取り返し」は、英語である。受験勉強も含め、中学・高校・予備校時代と相当量の英語学習をした。しかし、話せるようにならなかった。正直のところ、あれほど費やした時間・努力は大学受験にしか役に立たなかった。
 その英語をこのまま終えていいのだろうか。
 たしかに、無駄になるかもしれない英語にかける時間と労力を別のことに用いれば、相当なことを達成することができる。しかし、「やっぱり、英語だけはダメだったな」と末期に自分を振り返るのも口惜しい。
  「英語・世界へ」という夢をなぜ諦めようとしているのだろう。
 英語が苦手なことが本当の原因ではない。「世界へ」向かう勇気がないからだ。そして、世界に通用する哲学・生き方を確立しようという意気込みがないからだ。
 井の中の蛙大海を知らず。小さな世界に逃げ込んでいるからだ。これを「意気地なし」と言う。
 翻って考えてみる。私は世界へ向かって訴えたいこと、他の国の人と言い争っても主張したいこと、他の国の人と一緒に考えたいこと、一緒に創り上げたいことはないのか。
 日本人であること、日本の文化。日本の教育実践文化。近代欧米思想に対抗する多様な考え方を掘り起こして示すこと。
 これらのことを自分のライフワークにするならば、「英語・世界へ」から逃げてはならない。達成できるかどうか、が問題なのではない。「逃げてはならない」ことが重要なのである。
 さて、本年度、加藤校長・藤井教頭となって、「エンパワープログラム」を実施することになった。国内で英語を使い、世界へ踏み出すプログラムである。費用も3万9千円と海外に行く場合の10分の以下である。しかも、海外へ行くより英語を話す時間が多い。
 このプログラムでは英語を話すだけでなく、世界に通用する考え方を学ぶことができる。それ以上に、世界に向かって生きる姿勢を学ぶことができる。海外の優秀な学生と、1日6時間を3日間、コミュニケーションを取ることができる。素晴らしい企画である。
 多くの開智未来生たちに勇気をもって参加してほしいと思っている。私のようにあとで後悔しないように……。いや、私も負け犬で人生を終わらせてたまるか。
 私も「英語・世界へ」を再び掲げることにした。開智未来生たちと一緒に世界に向かっていきたい。一緒に新たな世界を見てみたいと思っている。(つづく)
10:38
2018/09/10

成長

| by 関根均
 未来祭明けの今日は、午前中が片づけで午後から授業でした。私も5時間目に中学1年生の「哲学」がありました。
 生徒たちはすでに気持ちを切り替えていました。きっと昨日、清々しい朝を迎えていたに違いありません。
 哲学の授業の今日のテーマは「振り返ること・抽象的に考えること」。「言葉の第8期生」と里山探究フィールドワーク後に名付けた中学1年生たちに、言葉に焦点を当てて授業を行いました。
 「抽象的とはどういうことですか。言葉で定義しなさい」
 こんな課題を出しました。
 「わからないから書けないではいけません。どんなことでも考えたことを言葉にしてノートに書いてください」
 わからないと考えることを途中で断念して、ノートに書かない生徒がいます。高校生になると考えるのが面倒だから、「あとで先生が答えを言うまで待とう」と何もしない生徒が増えてきます。
 「各グループで全員が何かを書けたところは互いに発表する『学び合い』を始めてください」 うまい方法が閃きました。このように指示をするとどうにか必死に考え始めました。
 「それでは『振り返る』とはどういうことですか。3つ書きなさい」
 とても難しい質問です。大人は「振り返りなさい」「反省しなさい」と、子どもたちに問いただします。しかし、振り返るとはどういうことか、反省するとはどういうことかを説明しません。それでも強く求めてきます。私も小さい頃、先生に反省しなさいと言われて、一体何をしたらいいのかと思ったことがあります。
 大学3年の時、教育学部の主任教授から「問題意識を持て」と言われて、同窓の仲間と「問題意識を持つとはどういうことかを研究しよう」と、その主任教授を特別講師に招いて、揶揄気味に勉強会をもったことを思い出します。
 大人は、十分に考えずに子どもに要求するから、子どもは育たないと私は思っています。
 生徒たちは必死に考えて、あれこれとノートにその定義を書いています。それらを眺めながら、5種類の「振り返り」を示しました。
 「思い出すこと、反省・課題を考えること、成長したこと・出来るようになったことを確認すること、パーフェクトにすること、次に何をするかを考えること」
 実は、5番目の「次に何をするかを考えること」はある生徒の答えを見て参考にしたことです。
 かなり難しい内容ですが、私の説明をしっかりと聴いています。
 言葉そのものが抽象である。
 1学期に比べて、だいぶ頼もしくなってきました。
16:14
2018/09/09

新しい朝

| by 関根均
 「事(こと)」というほどのことではありませんが、ダンス発表という「一事(ひとこと)」をやり遂げて、新しい朝を迎えました。
 私の一番好きな瞬間です。
 何かをやり遂げた瞬間は、新しいことが始まる瞬間である。
 これは私の信条の一つです。
 喜ぶのはその日まで。次の朝には次のことをスタートさせることにしてきました。
 いつもの時間に起きて、いつもの日曜日と同様、葡萄棚のある自室で、次に行う「こと」を確認して、開始しました。
 清々しくて気持ちいいですね。昨日の喜びに勝る幸福感かもしれません。ところで、「清々しい(すがすがしい)」とは、まさにこの瞬間を表現するための形容詞ではないでしょうか。
 さて、身体表現の次は、言葉による表現。これからは言葉、特に、詩に熱中したいと思います。これも年甲斐もなく、新たな挑戦です。
 思ったより身体のダメージが大きく、全身の筋肉痛と、特に左膝が悪くなっていました。やはり、年甲斐もなかったのでしょうか。それでも懲りずに、今日の午後は久しぶりに自転車に乗って「年寄りの冷や水」を流そうかなと思っています。
 未来祭で全力を出し切った開智未来生たちも、きっと清々しい朝を迎えているに違いありません。
 「おはよう!新しい朝です!」
09:08
2018/09/08

40年

| by 関根均
 恥ずかしながら、切羽詰まって、昨日になって初めて、本日のダンスについて本気で考え始めました。
 私が未来祭で踊る意味は何だろう。どんな表現をしたらよいのだろう。特に、舞台でダンス部顧問の西村先生と遠藤先生と一緒に踊るダンスは、それぞれがソロで踊る場面があり、そのダンスの意味を考えました。
 自己流で踊り始めてほぼ1年。基礎もなく、ただ身体で自己を表現する面白さに惹かれて、わが家にダンスルームがあるという「幸運な環境」を活用して、ダンスに熱中してきました。
 身体に関心を持つことのすばらしさ。年齢を超えて身体を楽しむことができること。生きている限り成長できること。そして、身体を動かすことのすばらしさ。
 私にとって、ダンスも哲学の一部です。
 それらを伝えられないか、伝えたい、と考えました。
 今朝も家で1時間ほど動きを考えて、学校でもダンスが始まるまであれこれと試行錯誤しました。
 緊張とともに楽しいという気持ちが、時間に追われる中で、高まってきました。
 本番では、楽しいという気持ちで舞台に立つことができました。どのように踊ったかはよく覚えていませんが、幸せな気分だったことは覚えています。
 さて、この気分は昔感じたことがある。
 それは大学受験です。第1志望校の二次試験で、緊張しつつも問題にワクワクしながら、集中している自分を楽しんでいました。ずっと忘れていたことでしたが、そのことを突然に思い出しました。
 今、40年前の自分に戻ったような気持ちになっています。
 これから高校生たちは後夜祭です。その気分を40年後に思い出せるような生き方をしてほしいと願っています。
16:07
2018/09/07

ドキドキ

| by 関根均
 昨日は膝痛のため、ダンスの練習は行わずに過ごしました。おかげで痛みもかなり引きました。同時に、頭の中にあったイメージもすっかりと消えてしまって、こうなったら、その時の気分で「無分別」に踊ってやれ、と開き直っているところです。
 「美というものは、本来、何かを欠いたものです」(寺山修司著『両手いっぱいの言葉』新潮文庫)
 そのとおり。私の大いなる欠陥ダンスにこそ美は宿る、のである。と、まったくもって勝手で無分別な言い訳・自己弁護を考えている次第です。
 これからリハーサルがあります。けっこうプレッシャーなってドキドキしています。
 何もしなければドキドキすることもありません。ドキドキは何かをしているということです。思い起こせば、子どもの頃はささいなことでドキドキしていました。授業中、先生に指されてドキドキする。テストの始まる前にドキドキする。リレーで待っている時間ドキドキする。好きな子と廊下ですれ違ってドキドキする。
 歳を取るとドキドキすることが極端に減ってきます。そして、ドキドキすることを避けようとします。
 1時間後にリハーサルを控え、幼い頃、かくれんぼで息を潜めて、「おに」の出現にドキドキしていたような気持ちになっています。
 「もういいかい」「まぁーまだよ」
 どんなダンスをしようかしら。まぁーだ決まっていません。ドキドキです。
11:17
2018/09/06

無分別

| by 関根均
 未来祭に向けて、ダンスの練習に励んでいます。
 本気で踊ると、20秒程度で100メートルを走ったように息が切れます。わが家には鏡のあるスポーツルームがありますが、踊っては椅子に倒れ込み、起きあがっては踊り出して……と、歳を考えれば狂気じみています。今朝起きると、左足の膝に少々痛みが生じていました。
 妻からは「年甲斐もなく」と言われました。
 さて、「年甲斐もない」をネットで調べると、「年齢に似合わず無分別である。いい年をして思慮分別がない」とのこと。
 キーワードは「分別」。
 「仏教では、人間の知は分別知で、そのものを偏らずにそのまま受け止める、仏の知を無分別知と言います。ならば、私は年齢に似合わず無分別なのだから、仏の境地にある」と訳の分かったような分からないような、まさに「無分別」な屁理屈をこねています。
 しかし、最期は無分別でありたい。
 これは私の望みでもあります。膝の痛みを感じながら、分別のない生き方を邁進したいと思っています。
 是非、未来祭では私の無分別なダンスをお楽しみください。
15:35
2018/09/03

真剣な匂い

| by 関根均
 今週は未来祭の週です。生徒たちはその準備に動き出しました。いつもとは違う表情が出てきて、まさに「祭」が近づいてきた、という感じです。
 子どもたちのことですから、手際はけっしてよいとは言えませんが、それでも真剣な匂いが漂っていて、ちょっと羨ましくなります。それが若さというものなのですね。
 さて、実行委員会からの依頼もあり、オープニングでダンスをすることになりました。昨年はサプライズでしたが、今年は生徒たちと一緒に盛り上がれるような計画を立てています。でも、ありがたい話です。こんなジジイにダンス発表の機会を与えてもらえるのですから。
 さらに、いい気になって、ダンス部の顧問の西村先生と遠藤先生とチームを組んで、文化祭当日、中庭で5分ほどのダンスパフォーマンスをすることになりました。今日は初めての練習をしました。素人に付き合ってくれる二人に感謝です。
 いい歳で、動きはけっしてよいとは言えませんが、老醜(老臭)ではなく、生徒たちのように真剣な匂いを漂わせられたら、と思っています。
18:08
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